200 「知恵くらべ」の本質

2005年7月31日

 幼少の頃よりパウロ国王に対抗意識を燃やしてきたガミガミ魔王。ファーストアニメ第10話「知恵くらべ」はまさにそんな2人が直接対決をするという非常に見応えのある内容となっていますが、

パウロを強引に押さえつけて王冠を奪う手法は本当に知恵と言うべきもの?
しかもそれをパウロまで「悪くないアイデアだったぞ」と褒めている?!
パワード・ローバー・デュランの他の機能はちゃんと使われたの?
ト、トータル・リコール?!

などなどイロイロとツッコミ甲斐のある話でもあります。
その中でも特に大きな疑問は、

なんでパウロは普段から見慣れているはずの王冠の真贋を見分けることができなかったのか?

ではないでしょうか?知恵の王冠は神族が人間族に与えた知恵の象徴でもあるポポロクロイス王家の宝中の宝と言えるもの、さらにパウロ国王は王位に即位してからずっとこれを身につけていたはずですから、外見、手触り、質感などなど、そうそう簡単に見間違えるわけもなく放り捨てるはずもありません。ところがパウロの行動は見ての通りのものでした。パウロ国王は一体何を考えていたのでしょう?獅子王と称され名君と讃えられる王様であるにもかかわらず、王冠の見分けも付けられない程度の人物だった、ということでしょうか?実はこの点において、「知恵くらべ」の本質、ガミガミ魔王の知恵の真髄が隠されているのではないかと思うんですよね。
お話の中ではいとも簡単にパウロ国王がだまされたかのように見えますが、きっとガミガミ魔王のたくさんの計算が背後で働いた上での結果であったのでしょう。パウロ国王をだまし、手にしている本物の知恵の王冠を偽物だと思い込ませた上に手放させるなんてことは決して簡単なことではありません。相手との間、呼吸、演技、タイミング、気合、状況、威迫、力量などありとあらゆる要素を組み合わせ、普段の心理状態であれば決して間違えないようなことを、錯覚させ不安な状態に持ち込んでだますという、まさに智恵の総結集と言うべき手法が必要となります。知恵の王冠を手にした時ではなく、パウロが本物の王冠を偽物だと思わされたその瞬間こそが、雌雄を決した時だと言えましょう。だからいとも簡単にだまされたのではなく、パウロ国王とガミガミ魔王との間でわずかの時間に激しく繰り広げられた、目には見えない心理戦の結果ではないでしょうか?
おそらくパウロ自身、後にこの時のことを振り返ったところで「自分でもどうしてあの時あのように思ってしまったのか分からない」と思うに相違ありません。決してその場しのぎの口先1つではなく、深慮遠謀と数多くの計算をした上だったからこそ、ガミガミ魔王のピエトロに対する「智恵を使われたものはみなだまされたという」との言葉があったものだと思います。 泥棒など物を盗む犯罪が「窃盗犯」と呼ばれるのに対し、詐欺は「知能犯」と呼ばれています。だまされる=馬鹿、ではありません。時にはどれほど優れた人の判断さえも狂わせる心の隙、「自分はだまされるようなことはない」との油断や過信に付け入れられないよう気をつけなくちゃあいけません。
なお、この時一度知恵の王冠を手にしたピエトロが、王位継承の儀式において王冠を手にした時、「わぁ、軽いや」とあたかも初めて王冠を手にしたかのような言葉があったりしますがはてはてさてさて?